2011年3月11日14時46分、ある女の子の出来事 -その1

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※この記事は2013年9月28日に公開されたものを再編集しています

東日本大震災のとき、仙台で保育士さんだった元防災ガール★AYAKOが実際に経験したことをちゃんとみんなに知ってほしい。

同じ世代の女の子が震災で経験したこと、地震が起きたらどんなことがあるか。
知っておくのと知らないのじゃ大違い。
防災ガール★のAYAKOが体験したことを時間ごとにわけてお伝えします。

 

2011年3月11日(金)14:46地震発生 宮城県仙台市、震度6強。

職員室で仕事中に地震発生、すぐに子どもたちがおひるねしているホールに向かう。
どんどん揺れが激しくなって、今までに経験したことのない感じ。
今までの地震のイメージとはかけ離れていて、地震だ!というより、何が起こっているの?というのが正直な感想。
3分間、強い揺れが続いたが、その間の記憶ほとんどなし。ホールに入った瞬間こどもに「お布団かぶって!」と叫んだこと、すぐに子どもの上におおいかぶさったこと意外は覚えていない。みんな、3分の間に一度揺れが収まってきて再び強くなった、と言っているんだけど、ぜんぜんピンとこない。園長先生の非常放送もあったらしいけど聞こえていない。

14:50 揺れ、おさまる。
ゆれがおさまり、すぐに子どもたちに服を着せて、人数を確認。怖いという気持ちが先に立ってしまい、クラスの子の人数を数えられない。

15:00 保護者のお迎え、子どもが帰っていく。
すぐに家族は無事だろうか、という思いがよぎったけど、周辺の建物も倒壊はないし、自分も無事だから、きっと大丈夫だ、と思う。メール送れず、電話つながらず。

17:00 保育園の水が止まる
まさか水が止まるとは思っていなくて、水道が出るうちに水をためておくんだったと後悔した

20:30 車のガソリンがなく、職員数人で保育園に泊まる
本当は無理しても帰れたかもしれないけど、明るくなってから動きたいと思ったのと、もし家に帰って自分ひとりだったらそっちの方が怖い!と思い身動きがとれなかった。
(両親ともに小学校教諭で、避難所とかになってるだろうから帰ってないかも・・・と思ったので)
真っ暗な中、ラジオの音をずっと聞いていたら、被害の状況があきらかになってきて、ますます怖くて一睡もできない。本当に身近で起こっているんだろうか、聞き慣れた地名の場所がいくつも壊滅、という言葉で表現されていて、かいめつってなに?どうなってるの?という気持ち。

今、こうしている瞬間に生死の境をさまよっている人が何人いるんだろう、早く朝になってほしい、明るくなってほしい、とずっと思っていた。長い夜でした。

3月12日(土)
6:30 保育園の片付けをする。
10:00 帰宅。やっとほっとできた。

次回は2日目以降のこと。もっとたくさんの若い方々に知ってほしいことがたくさん。

ぜひご覧ください。

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